脳内交響曲

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30 2016

死は幸福でありうるか?

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は善い事であると述べる人々をたまにネットで見かけます。
「我々は生きている限り、様々な負担を背負わなければならない。生は悪である。そしては我々からその負担を取り除いてくれる救済である。」
人によって意見の多少の差はあれ、このように考えて、彼らはが救済であると考えるのでしょう。
しかし私は、が救済であるという意見には少々首をかしげたくなります。

私もにいい面がないとは言いません。
例えば現実でつらい目にあっている人がを願うことは、一般的に考えれば何らおかしいことではないでしょう。
我々は生きている間に様々なつらい経験をします。
社会で生きる限り避けられない人間関係、衣食住を際限なく用意し続けること、働くこと・・・これらはしばしば人を死に追いやるには十分すぎるものです。

しかし、一方で私には「死は一切の価値をもたない事態なのではないか」という直観もあるのです。
すなわち、死は良いとか悪いとかいった価値を一切持たない出来事であるとも考えられるのではないでしょうか。

我々が、通常幸福であると考える状態は生きている間の状態です。
生きて様々な快楽を経験したり、不快感を経験するからこそ、我々は特定の出来事を良いとか悪いとか判断します。
しかし人は死ねば(恐らく)なにも経験することができません。
人の死後が一切の無であるとすれば、それはなんの快感ももたらさないのです。
にもかかわらず、なぜ我々は死を幸福であると断定することができるのでしょうか?

このような点から、死が善であるという主張は問題があるように思うのです。
もし我々が「死は善である」と主張するならば、(苦痛からの解放がもたらす)快感以外の理由によって死の良さを示す必要があるでしょう。
しかし、それをどのように示せばよいかは私には今のところ分かりません。

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