脳内交響曲

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12 2015

生みの苦しみ

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ブログの記事を書くのはホント大変だなあ、と最近とみに感じます。
人の文章を読んでいただけの頃は、そんなことちっとも知る由もなかったんですけどね。
でも、自分で実際書いてみて、その大変さが身に染みて分かります。
文章書いていると頭使うし、肩も凝るしで、どんどん生気がすり減っていく感じが如実にします。

そして何が大変かというと、やはり論理構造を組み立てることですね。
日記みたいな文章ならば、事実をただ羅列するだけなんで大変でもなんでもないのですが、論理で説得力を持たせる文章を書こうとすると、大変時間がかかります。
おまけに、このブログは絵を描くこともやらなくてはいけないので、二重の意味で生みの苦しみを私は背負っています。
まあ自分で決めたことだから、ぐちぐち言ってはいけないんですがね。



ただ大変だから、更新に間が開くのもやっぱり仕方ないなあと思います。
いろんなブログ見てると、たまにもの凄い文章が上手なブログが有ったりするんだけど、そういうブログって大抵更新が止まっちゃっているんですよね。
ある時までは順調に続いていたのに、ある時を境にぴたっと更新が止まっている、といった具合に。
そういうブログの管理人はおそらく、日常とブログを両立できなかったがゆえに、更新を投げ出してしまったのでしょう。
私もコンテンツ生み出すための時間確保にホント苦労してるので、彼らの気持ちは痛いほどわかります。

最も私の場合、手を抜こうと思えば、毎日更新出来なくはないんですけどね。
私は以前そういった具合に実際更新を行っていましたし、
文章が支離滅裂で、絵は素人感丸出しみたいな感じでも自分が「それでよし!」と思えば記事は大量生産できます。
多く更新する上で大切なことは、とにかくこだわりを捨てることですよね。
書きたいものでは無くかける物を片っ端から書くこと、これさえやれば更新などいくらでも可能です。



でも、拘りを捨てて手を抜いて書いた(描いた)ものって、やっぱ見てて面白くないんですよね。
私はどっかで見たような作品を見せつけられると本当にうんざりしますし、
「なんでそんなものわざわざ書こうと思ったんだよ!」って思わず突っ込みたくなります。
(まあこのブログにもそういう記事は一杯あるんだけど・・・・)

手を抜いてしまえばそれだけ一時は更新が増えますが、
次第に自分の作品に愛着が失せていって最終的に長続きはしないでしょうね。
そもそも作者自身が思い入れのない作品載せていって、それで何になるのって話です。

だから、拘りってのは極力捨ててはいけないような気が私はします。
作者に変な拘りがあったほうが最終的に良い物ができますし、自分が作り上げた!みたいな自覚をより強く持つことが出来ます。
まあこだわり過ぎると、喜びより苦しみの方が上回ってしまうんですが、自分の作品に自信がある人なら苦しみすら作品の味わいに昇華するべきですね。
楽しいとか、ラクしようって感情だけで創作をやってると、やはり作品からリアリティが無くなって、どこか嘘っぽくなってしまいます。

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- 2 Comments

blackout  

no title

天国からの迎えのように思えましたが、絵と照らし合わせると、実は地獄からの迎えのような気がしますね

となると、明かりはなんの明かりだろうか?



色々考えてしまいますね

2015/01/12 (Mon) 20:57 | EDIT | REPLY |   

ぶち丸  

Re: blackout さん

こんにちは、コメントありがとうございます。

明かりというのは多分闇の外の明かりのことだと思います。
あと、詩は毎回そのときの気分で書いているので、
必ずしも付属している絵に対応しているというわけではないです・・・。

2015/01/13 (Tue) 02:00 | EDIT | REPLY |   

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