脳内交響曲

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01 2014

死の恐怖を克服する方法:科学の進歩に期待する。

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もし消滅としての死の恐怖を完全に克服しようとする場合、死後の世界を信じ込むというアプローチを我々はとることができる。
だが、現代の懐疑的な価値観の中で育った我々には、死後の世界という物語を鵜呑みにできるほどの素直さはない。

そこで、もうひとつの死の恐怖の完全な克服の方法として、科学技術による不老不死の実現というアプローチを我々はとることもできる。
実際、テクノロジーの進歩によって完全な不老不死が実現すれば、誰も死の恐怖を感じないようになるだろう。
では、不老不死が実現する見通しは明るいものなのだろうか、それとも暗いものなのだろうか。
本記事ではこの点について簡単に考えてみる。

まず不死を達成するうえで必要不可欠なのは肉体の保持であろう。
現代では物理主義的な価値観が通用している。
これが正しいかはともかく、人のすべてがもし物質であるならば、健康なまま身体を維持し続けなければ人は不老不死になることはできない。

肉体の保持には様々なアプローチがあると考えられる。
例えば有名どころでは、「人体の冷凍保存」が挙げられるだろう。
人体冷凍保存の主な目的は、病気の治療法が開発されるまで肉体を蘇生できる状態で維持し続けることだ。
現代の医学は急激な発達を遂げたとはいえ、やはり治せない病気は数多くある。
だから、もし現代に生きる我々が病気の脅威から逃れようとするならば、人体冷凍保存は是非とも実現されなければならないだろう。
この技術が現実に実現可能であるかは定かではないが、昔見たテレビ番組の記憶に基づけば(うろ覚えだが)、その実現の見通しはそれほど暗いものではないかもしれない。



病気の脅威に対抗するには他に「遺伝子を操作する」という方法もあるだろう。
病気にかかってしまうのは、結局のところ、我々が病気にかかる身体として生まれてきてしまうことに原因がある。
だから、遺伝子をいじって病気にかからない体を実現してしまえば、手っ取り早く病気の脅威は克服できるというわけだ。

そして、この方法のメリットは病気の克服だけではない。
例えば、もし老化にかかわる遺伝子をいじることによって寿命を引き延ばせるのであれば、我々は寿命の限界を超えて、若さを維持したまま生き続けることができるようになるだろう。
我々が死ぬ要因は病気ではなく老衰である場合もある。
だから、老化を抑える技術の開発も不死の実現には必要になってくるに違いない。

不死に必要不可欠な技術としては、他に医療技術の発展も挙げられるだろう。
仮に遺伝子を操作したとしても、全ての疾患を排除するのはやはり並大抵のことではない。
遺伝子を操作したら、Aという病気にはかからくなったが、Bという病気にはかかるようになってしまった、ということは十分ありうるだろう。
だから不死の実現のためには、病気にかかった時にどのような疾患でも完治させられるように、医療技術が十分に進歩していなければならない。
例えば、「ナノマシン」「製造した臓器の移植」「脳移植」などといったテクノロジーは今後特に重要になってくるだろう。



ただ、仮に以上の技術がすべて実現されたとしても、不死が実現されるとは言えない。
我々の生命を脅かす脅威には、病気や老いのほかに外傷もある。
人間は仮に何らかの要因(例えば事故など)によって身体が損傷してしまえば、あっという間に死んでしまうのである。
実際の人生で事故にあって死ぬのは稀なことかもしれない。
だが長期間生きていれば、それによって事故や他者による危害で死ぬ可能性は増していく。
外傷の問題は医療の発展によってある程度は改善の見込みがあるが、やはり完全に克服可能とはいかないだろう。
また人の寿命が伸びるようになれば、ただでさえ多い地球の人口がますます多くなるはずである。
その時には飢餓や環境の悪化、戦争などといった様々な問題が発生するだろう。
このような困難な状況においても人が不死であるためには、どのような過酷な環境でも維持できる頑強な体を容易しなければならない。

そこで、次に強靭な機械の体(サイボーグ)が必要になってくるだろう。
ただ、「身体の機械(サイボーグ)化」には様々な問題がある。
まず一つ目の問題は「仮に人間の体をすべて機械に置きかえたとして、その機械の人物と元の人間の肉体の持ち主は同一と言えるのか」というものだ。
もし身体を全て機械のパーツと入れ替えられた人物が以前と同様のふるまいをしたら、我々はその人が機械であったとしても「以前の彼と同じである」と判断するのかもしれない。
だが彼の主観からすれば、機械の体への移行はすなわち死を意味するかもしれない。
そうだとすれば、機械に置き換えたところでいったい何の意味があるのか、このような疑惑が当然わいてくる。

そしてもう一つの問題は、そんな頑丈な機械が作れるのかというものだ。
事故や他人の(例えばナイフで刺すといった)攻撃に耐えられる程度の頑丈な体であれば、もしかしたら実現できるのかもしれない。
だが大爆発や核爆発に耐えられるようなからだというのは実現可能なのか。
或いは、隕石の衝突や惑星の爆発に耐えられる頑丈な体が作れるのか。
こういった問題について、ただ頑丈な体を作るというだけでは、解決は難しいように私には思われる。

また不死であるためにはエネルギーを常に確保し続けなければならないが、その供給源が定かではないというのも問題だ。
もし不死であるためにはそれこそ永久機関の様なものを実現する必要すら出てくるだろう。
だが無限にエネルギーを供給し続けることなど一体どのようにすれば実現可能なのか、私には全く想像できない。



不老不死の実現には以上のような問題がある。
おそらくテクノロジーの発展は人類に長期の生存と健康を用意してくれるだろう。
だが完全な不老不死が実現可能かというと、それはやはり無理だと私は思う。

もちろん、未来の技術者が現代では考えられないようなエキセントリックな手法で不老不死を実現させることが絶対に起きないとは言えない。
ただ、仮にテクノロジーの発達によって不老不死が実現した場合、今度は永遠の時間をどのように過ごすかという問題がが生じるだろう。
人は地球を含めあらゆる惑星がなくなった状況でも生き続けられるのか。
生き続けるとして、無限の時間において一体何をするというのか。
このような問いに答えるのは、不老不死を実現することよりも難しいように私には感じられる。

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4 Comments

炙  

no title

置き詩。


__________


朽ちてなお
おまえの住処になれる私は

太陽さえ
見下げる

__________



失礼しました~w

2014/12/03 (Wed) 19:50 | EDIT | REPLY |   

木村鉄  

no title

これ、いいですね、
ざっとですが、はじまりから目をとおさせていただきましたが、
これ、いいですね、
これを最高、あるいは到達点としたくなるくらいです、

木村的には、はじめのころは、描かれる対象が明確で、それがだんだんと抽象性をおびてきているように感じられました、正直、はじめのころだったらそれほどの興味を抱かなかったかもしれません、こちらのブログに、出会うべくして、そういういいタイミングで、出会えたと感じている次第です、

だんだんと抽象性、
という言葉にさせていただきました、
幻想性
神秘性
それだけではおさまりきらないようだから、、、

2014/12/03 (Wed) 21:39 | EDIT | REPLY |   

ぶち丸  

Re: 置き詩。

こんにちは、炙さん。コメント感謝します。

「住処になれる」「見下げる」という人間の行動を表す単語が含まれているのが意味深ですね・・・。
短く収まっているのもとてもいいと思います。この絵にぴったりな詩ですね。

2014/12/05 (Fri) 20:18 | EDIT | REPLY |   

ぶち丸  

Re: これ、いいですね、

こんにちは、木村鉄さん。コメントありがとうございます。

これが最高かどうか判断するのは難しいです・・・。
ただ、一つの到達点ではあるかもしれませんね。
納得できない点は山ほどあるので断定はできませんが。

おっしゃる通り作品のモチーフは昔と今で全然違います。意図してそうしているわけではないのですが自然にそうなったというか・・・絶えず心境は変化しているのでそれが反映されているのだと思います。今後どうなるかは自分でも分かりませんが、適度に期待していただけると嬉しいです。

2014/12/05 (Fri) 21:10 | EDIT | REPLY |   

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