脳内交響曲

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archive: 2014年12月  1/1

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死の恐怖を克服する方法:寿命だから仕方ないと割り切る

我々は寿命がおおむねかぎられた存在である。地域や時代によって差はあるが、少なくともこの国では80年位健康に生きられたら御の字、120年健康に生きられたら万々歳といったところだろうか。もし果てしない期間の間ずっと生き続けていたら、人はその分様々な災厄(例えば戦争や病気や貧困や退屈などなど)に見舞われる可能性が高くなるだろう。だから、「80~120年くらい平穏に生きられれば満足して大人しく死ねばいいじ...

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私の世界が唯一の世界なのではないか?

また、いやな実感がわいてきたなあ・・・。いや、独我論ってあるじゃないですか?いわゆる「私が見ている世界がすべてで、それ以外は存在しない」という主張。あれが実は正しいんじゃないか、って実感がふつふつとわいてきたわけですよ。通常、我々は3つの世界があることを信じてますよね?一つは「自分が経験している世界」、一つは「他人が経験している世界」、そしてもう一つは経験の背後にある「実在の世界」。我々はこれらの...

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自分の好きなものが言えない

人間誰しも「あの人物が好き」とか、「この趣味にはまってる」とかいった具合に好きなものがあると思います。好きなものが全くない人という人は、この世にはまずいないでしょう。なぜなら、人間の行動の傾向性には必ず偏りがあって、我々は日常的に物事に優劣を付けざるを得ないからです。この世界におけるすべての選択は、我々の「個人的な好み」(価値観)に基づいて行われています。そして人間は、自分の好みを往々にして他人に知...

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あなたの悩みはちっぽけなんですよ、という主張に関する考察

「人間なんかちっぽけなんだから、あなたの悩みなんて大したことではない」と言われることがある。こういった文句の登場は自己啓発の分野で顕著であり、例えばネットで「人間、ちっぽけ」などと検索すれば、そういった内容のページがうじゃうじゃ出てくる。確かに個人を離れたより大きい枠組みからすれば、我々の存在は一見どうしようもない程にちっぽけなものといえるだろう。では、このように考えることは我々が前向きに生きよう...

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美人は早死にしたほうがいい

世の中には容姿が美しい(と見做されている)人が数多くいます。私は頭蓋骨に乗っかっている肉の造形なんかに関心はさほど無いのですが、彼らは多くの場合周りに持て囃されます。例えば採用面接なんかでは、同程度の能力を持っている両者のうち、容姿が美しいほうが採用されるでしょう。また恋人を選ぶときなどには誰しも、多かれ少なかれ、容姿を判断基準としているでしょう。それぐらいに、顔の造形は社会的に重要視されています...

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死の恐怖を克服する方法:科学の進歩に期待する。

もし消滅としての死の恐怖を完全に克服しようとする場合、死後の世界を信じ込むというアプローチを我々はとることができる。だが、現代の懐疑的な価値観の中で育った我々には、死後の世界という物語を鵜呑みにできるほどの素直さはない。そこで、もうひとつの死の恐怖の完全な克服の方法として、科学技術による不老不死の実現というアプローチを我々はとることもできる。実際、テクノロジーの進歩によって完全な不老不死が実現すれ...

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