脳内交響曲

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category: 哲学/倫理について  1/1

身体があるという病

人間がかかる病気には、癌や感染症など様々なものがあります。そして殆どの人は、これらの病気に罹ってこの世から去っていきます。一生のうち病気に罹らない人は、まずいないと言っていいでしょう。清潔な部屋に隔離され、徹底的に栄養管理・体調管理された人でも、いずれ何らかの原因で身体を壊します。つまり我々は病気とは、切っても切れない関係にあるのです。現代の医学は人間から病気を出来るだけ遠ざけようとしてきました。...

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五感以外の知覚能力が欲しい

我々は健常者である限り五感をもっており、普段これらを駆使して世界を認識しています。見ること、聞くこと、嗅ぐこと、触ること、そして味わうこと、これらは人間として生きる上で(なるべく)欠かすことのできない能力です。現代の生理学で感覚はより沢山に分類されているみたいですが、大まかには五感は我々の世界そのものと言ってよいでしょう。何故だかわかりませんが我々には五感という能力が与えられ、これを駆使することに...

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私の世界が唯一の世界なのではないか?

また、いやな実感がわいてきたなあ・・・。いや、独我論ってあるじゃないですか?いわゆる「私が見ている世界がすべてで、それ以外は存在しない」という主張。あれが実は正しいんじゃないか、って実感がふつふつとわいてきたわけですよ。通常、我々は3つの世界があることを信じてますよね?一つは「自分が経験している世界」、一つは「他人が経験している世界」、そしてもう一つは経験の背後にある「実在の世界」。我々はこれらの...

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あなたの悩みはちっぽけなんですよ、という主張に関する考察

「人間なんかちっぽけなんだから、あなたの悩みなんて大したことではない」と言われることがある。こういった文句の登場は自己啓発の分野で顕著であり、例えばネットで「人間、ちっぽけ」などと検索すれば、そういった内容のページがうじゃうじゃ出てくる。確かに個人を離れたより大きい枠組みからすれば、我々の存在は一見どうしようもない程にちっぽけなものといえるだろう。では、このように考えることは我々が前向きに生きよう...

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宇宙の外に行く方法

私は、積極的な外出に全く興味がありません。即ち、明確な目的がある場合を除き、必要以上の外出を私はしません。なので、近所に外出するとしても、本当に必要な場合以外は避けていますし、もう長い間自分が暮らす地域からは離れたことはありません。恐らく、私の人生は今後もこのような状態が延々と続くでしょう。普通の人であれば、外出をし、様々な経験を楽しむのは当然のことなのかもしれません。しかし、もうこの地球上に私が...

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他人とは分かり合えない

我々は普段、相手の気持ちを分かったような気になって生きています。例えば、悲しんでいる人を見かけてその人を気遣ったり、殺人事件のニュースを見て被害者に同情したりなど、頻繁に他者の気持ちに対して共感をします。これは、社会で生きていく上でごく当たり前のことです。もしこれがなければ、社会はまず間違いなく崩壊するでしょう。しかし、共感するということは本当に可能なのでしょうか?相手が感じた痛みや、相手の感情を...

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