脳内交響曲

CATEGORY PAGE

category: 死の恐怖を克服する方法  1/2

過去の記事の編集をしていました

どうもこんにちは、ぶち丸です。タイトル通り、過去の記事を地道にいじくっていたので、簡単にいじくった内容をここでまとめておきます。・死の恐怖の克服法について過去の記事の内容をいくつか消去して、別の内容に差し替えました。そして、差し替えた内容はおおむね「死の恐怖の克服法」に関するものです。普段我々は自分が死ぬことなど忘れて暮らしています。しかし、死は誰も逃れることができない事態であり、我々はもし仮に今...

  •  6
  •  0

死の恐怖を克服する方法:自分が正しいと信じる生き方を貫く

死は全ての人にとって切実な問題であり続けてきたし、これからもあり続けるだろう。人が存在し続ける限り、死は未来に必ず起きる事態であり、また全ての人にとって有害なものでありうる。死はあくまで観念的なものにすぎないと強引に考えることもできよう。だが仮にこれを幻想だと思い込もうとしても、現に周りの人が次から次へと死んでいっている以上、恐怖は払しょくしがたいものがある。では、我々にとって死はなぜ恐ろしいのか...

  •  0
  •  0

死の恐怖を克服する方法:他者の死について思いを巡らす。

「自分の死」の恐怖を克服するには「他者の死」を引き合いに出すという方法をとるのもアリなのかもしれない。日常を振り返ってみれば明らかだが、我々は孤独に何かをするのを拒む習性がある。仮に一見ろくでもない慣習であったとしても、自分以外の人間が全員それを実践していたら、どうしてもそれを自分も実践したくなるだろう。自分だけが間違ったことをしたくない、正しいことをしたい。こういう感情は我々にとって先天的なもの...

  •  0
  •  0

死の恐怖を克服する方法:主観的視点を捨て、客観的な視点を持つ

我々は通常死を拒み、これを恐れる。だが、この感覚は恒常的なものではなく、ふっと薄れるような機会があると思う。例えば日常に埋没しているときや、他者と関わっているときなどは、死の恐怖は薄れる傾向が強い。少なくとも私の経験に基づけば、死は常に恐ろしいものというわけではなく、ある時は恐ろしく感じられたり、ある時は恐ろしく感じられなかったりするものだ。このように価値観がうつろうのは、人間が二つの世界の見方、...

  •  23
  •  0

死の恐怖を克服する方法:寿命だから仕方ないと割り切る

我々は寿命がおおむねかぎられた存在である。地域や時代によって差はあるが、少なくともこの国では80年位健康に生きられたら御の字、120年健康に生きられたら万々歳といったところだろうか。もし果てしない期間の間ずっと生き続けていたら、人はその分様々な災厄(例えば戦争や病気や貧困や退屈などなど)に見舞われる可能性が高くなるだろう。だから、「80~120年くらい平穏に生きられれば満足して大人しく死ねばいいじ...

  •  8
  •  0

死の恐怖を克服する方法:科学の進歩に期待する。

もし消滅としての死の恐怖を完全に克服しようとする場合、死後の世界を信じ込むというアプローチを我々はとることができる。だが、現代の懐疑的な価値観の中で育った我々には、死後の世界という物語を鵜呑みにできるほどの素直さはない。そこで、もうひとつの死の恐怖の完全な克服の方法として、科学技術による不老不死の実現というアプローチを我々はとることもできる。実際、テクノロジーの進歩によって完全な不老不死が実現すれ...

  •  4
  •  0

死の恐怖を克服する方法:死は人生を有意味にすると考える。

自らが死ぬ、ということが果てしなく悪しき事態であると感じる人は多いでしょう。ただ一方で、「死は人生を有意味にするうえで必要不可欠な善いものである」と考える人がいます。これは恐らく不老不死のほうがよっぽど問題だ、という考えからでしょう。仮に我々が不老不死であった時を想像してみてください。その場合、我々は初めのうちは享楽にふけって生きるのかもしれませんが、やがてあらゆることに手を出し尽くして退屈に至る...

  •  2
  •  0