脳内交響曲

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tag: 死の恐怖  1/1

過去の記事の編集をしていました

どうもこんにちは、ぶち丸です。タイトル通り、過去の記事を地道にいじくっていたので、簡単にいじくった内容をここでまとめておきます。・死の恐怖の克服法について過去の記事の内容をいくつか消去して、別の内容に差し替えました。そして、差し替えた内容はおおむね「死の恐怖の克服法」に関するものです。普段我々は自分が死ぬことなど忘れて暮らしています。しかし、死は誰も逃れることができない事態であり、我々はもし仮に今...

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死の恐怖を克服する方法:自分が正しいと信じる生き方を貫く

死は全ての人にとって切実な問題であり続けてきたし、これからもあり続けるだろう。人が存在し続ける限り、死は未来に必ず起きる事態であり、また全ての人にとって有害なものでありうる。死はあくまで観念的なものにすぎないと強引に考えることもできよう。だが仮にこれを幻想だと思い込もうとしても、現に周りの人が次から次へと死んでいっている以上、恐怖は払しょくしがたいものがある。では、我々にとって死はなぜ恐ろしいのか...

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死の恐怖を克服する方法:主観的視点を捨て、客観的な視点を持つ

我々は通常死を拒み、これを恐れる。だが、この感覚は恒常的なものではなく、ふっと薄れるような機会があると思う。例えば日常に埋没しているときや、他者と関わっているときなどは、死の恐怖は薄れる傾向が強い。少なくとも私の経験に基づけば、死は常に恐ろしいものというわけではなく、ある時は恐ろしく感じられたり、ある時は恐ろしく感じられなかったりするものだ。このように価値観がうつろうのは、人間が二つの世界の見方、...

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死の恐怖を克服する方法:エピクロス主義

今回は、古代の哲学者のエピクロスの提示する死の克服法を見ていきましょう。彼は次のように述べることによって、死は我々にとって全く恐ろしくないことだ、と主張します。「・・・死は、それが現に存するときわれわれを悩ますであろうからではなく、むしろ、やがて来るものとして今われわれを悩ましているがゆえに、恐ろしいのである、と言う人は、愚かである。なぜなら、現に存するとき煩わすことのないものは、予期されることに...

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死の恐怖を克服する方法:自然に消えるのを待つ。

このブログでは死の恐怖の克服についての記事をいくつも書いている。だが、一方で具体的に何か意志を持とうとか、行動をするとかせずともいいのではないかとも最近思うようになってきた。例えば、老人になると人は死ぬことに対する恐怖がなくなる場合があるらしい。実際に私は何度か「若いころは死ぬことが怖かったのに、今ではもう全然」という老人を見てきた。一見信じがたいことだが、彼らは死が間近にも迫っているにもかかわら...

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死の恐怖を克服する方法:死を喜ばしい出来事と見なす。

我々は通常死を絶対悪であると見なしています。仮に病気で苦しんでいる人が安楽死した場合であっても、彼の死を善かったことと見なすのには、我々は抵抗を感じるでしょう。あくまで消極的に彼は死を選んだのだと、あくまで死ぬことは悪いことだと我々は考えるでしょう。その程度には我々にとって死の価値は絶対的に悪であるように感じられます。少なくとも、誰しも幸福な生を送ることが可能であれば、死ぬことよりもそちらを選びた...

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死の恐怖を克服する方法:QOL(生命の質)を意図的に落とす。

本記事では、死の恐怖を克服する方法について考えたいと思います。今回取り扱う方法は、「QOL(生命の質)を意図的に落とす。」というものです。この方法について考える前に、まず死の価値がどのようにして決定されるかについて考えてみましょう。ここで次の二人の人物を想像してみてください。①幸福な夢のある人生を送っている人②不治の病に苦しんでおりもう何の望みもない人おそらく大半の人は前者にとって死は悪であるが、後者に...

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