脳内交響曲

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tag: 死  1/2

過去の記事の編集をしていました

どうもこんにちは、ぶち丸です。タイトル通り、過去の記事を地道にいじくっていたので、簡単にいじくった内容をここでまとめておきます。・死の恐怖の克服法について過去の記事の内容をいくつか消去して、別の内容に差し替えました。そして、差し替えた内容はおおむね「死の恐怖の克服法」に関するものです。普段我々は自分が死ぬことなど忘れて暮らしています。しかし、死は誰も逃れることができない事態であり、我々はもし仮に今...

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死の恐怖を克服する方法:他者の死について思いを巡らす。

「自分の死」の恐怖を克服するには「他者の死」を引き合いに出すという方法をとるのもアリなのかもしれない。日常を振り返ってみれば明らかだが、我々は孤独に何かをするのを拒む習性がある。仮に一見ろくでもない慣習であったとしても、自分以外の人間が全員それを実践していたら、どうしてもそれを自分も実践したくなるだろう。自分だけが間違ったことをしたくない、正しいことをしたい。こういう感情は我々にとって先天的なもの...

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死とは何か、人は死ぬとどうなるのか

普段は忘却しているものの、死は誰にとっても切実な問題であり、第一級の関心ごとであるかと思います。では、人は死ぬとどうなってしまうのでしょうか。死は我々にとって恐ろしいことなのでしょうか。こういった問いに答える前にまず、我々にはしておかねばならないことがあります。それは、死がどういう事態であるのかについて定義をすることです。死は経験不可能であるがゆえに(或いは、まだ誰も死んでいないために)、人によっ...

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特別な死などない

死に優劣をつけている人に違和感を覚えます。例えば、「癌とかで死ぬのは嫌だけど、老衰なら良いや!」なんて楽観的に考えている人は多いんじゃないでしょうか。また報道関係者は、(有名人以外の)病死はろくに取り扱わず、事故死や災害死、殺人事件ばかりを大きく取り上げます。こういった具合に良い死と悪い死がある、みたいな区別をする人の心理が私には理解できません。私は、全ての死を絶対悪であると考えています。事故死や...

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死に対する態度

最近病気について勉強してます。縁起が悪いですが、暗いことについて調べるのは私の趣味なのです。ただもう関心が他のことに移りかけているので、「勉強してます」ではなく「勉強してました」っていうべきかもしれないんですけどね。まあそれはさておき、私はいつか病気になるかもしれないのが本当に怖いです。ある日突然頭の血管が切れて意識を喪失する状況とか、ガリガリにやせ細って呼吸もままならなくなって、それでもなかなか...

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誕生前の非存在が無害なのだから、死後の非存在も無害なのではないか

我々は普通、幸福な人物が早死にしてしまったような場合、彼は不幸であると考える。このような判断はごく一般的なものであろう。だが、我々は遅く生まれてしまったことによって、人が不幸であるとは我々は考えない。そのため、我々の誕生前の非存在と死後の非存在に対する態度は非対称的なものであると言える。では、我々はなぜ非対称的な態度をとらなければならないのだろうか?我々は、生まれる前の非存在が悪ではないのだから、...

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無とは何か

我々は、「人は死んだあと無になる」という表現を安易に口にしがちです。しかし、無というものの実態が掴めないまま、その言葉を使い続けるのはあまりにも虚しい。なので今回は、いずれ誰もが至るであろう無について私見を書きます。まず死によって至る無は二種類に分類できるかと思います。一つは相対的な無、そしてもう一つは絶対的な無です。相対的な無とは、以前は居た人が今では居なくなった、という比較によって見出すことの...

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